Uターンしていった台風は秋を運んできました。
明日から9月です。旧暦では8月になります。
新暦の日にちと旧暦の日にちがぴったり重なっています。
さて、遅ればせながら、展示会の告知です。
トップ画面下のリンクを開いていただければ出てきますが
念のためこちらにもリンクを貼っておきます。
あわせて桜坂劇場のアクセスページもリンクを
貼り付けておくので参考にしていただけたらと思います。
作者(私)は、基本的には在廊致しません。
初日は居ますが出たり入ったり、といいますか、おそらく
資料集めに出歩いていることと思います。
日程は9/16~10/2、10:00~20:00
場所はふくら舎(桜坂劇場2F)になります。
桜坂界隈は駐車場事情がございまして、周辺のパーキング
のマップをつくろうかと考えていたのですが、先日、会場の
最終確認で赴いた際、いつも利用しているパーキングが
更地になっており、那覇市中心部の駐車場事情は諸行無常の
感あり、マップ作成はとりやめました。
ちなみに桜坂劇場のwebサイトのアクセスマップに表示されている
駐車場は、映画鑑賞者向けに提携しているもののようで、
それ以外に、近くに幾つもあるので、心配はないでしょう。
島の特産品コーナーも設けることになりまして、
小規模ながら「物産展」的要素も加わっています。
すこしでも島のPRに貢献できたら、と思います。
当日まで残り2週間となりました。
一人でも多くの皆さまにご来場いただけたら幸いです。
展示会情報(フライヤー)
桜坂劇場へのアクセス
それでは失礼致します。
ブログの内容は展示会を控えていることもあり、
創作活動に特化しているところもあるが、
一瞬だけ横道に外れてみようと思う。
僕は、「義務教育」のなかで最も大事な、
教科とも言えるものは
自由研究だと思っている。
僕の母は、長年、幼稚園の教諭をしていた。
いまでもよく覚えているのだが、僕が小学校1年生のころ
夏休み、宿題の一つである、「夏休みの自由研究」に取り組む
にあたり、当時、学研(と記憶している)から出ていた、
かがくとがくしゅう、といったような冊子を参考に、マニュアル的な
自由研究を進めていたところ、母はそれをみて、僕にこう言った。
「いやあ、そうじゃない、そんなことをするんじゃなくて、紀和、地図をかこう。」
そして僕の自由研究は、僕の住んでいる、戸数10戸余りの
小さな集落を、模造紙とクレヨンを使って絵地図を作製する、ということになった。
さらに、言葉は大袈裟だが、「人口統計」に近いものもやった。
大人何人、子供何人、飼っている犬、猫の数、ヤギも一匹居た。
クレヨンで色を塗りこむ作業は母との共同作業であった。
結果として、夏休み明けの新学期、学年を代表して、全校生徒の前で
研究発表をしたのだが、これは結果論。
ついでに言えば2年生のときの自由研究は、「コロッケをつくる」、で
これも母の発案であった。これもまた、全校生徒の前で発表(レシピなど)することに
なる、がこれも結果論である。
それよりも、僕は、このような柔軟な発想と、多くの引き出しを持った
我が母に対し、感謝とともに尊敬の念を感じている。
これもまあ、結果としてそうなったのだと思うが、
巡りに巡り巡って、僕はこの島にあって、
入念に地名調査をした地図を作製し(僕の中ではこれは継続中)、
イラブー(エラブウミヘビ)の調理手順を、実際に自ら作りながら
文章とイラストで纏め上げる、というのを数年前に行っている。
自由研究、とは、読んで字のごとく、各自、自由にテーマを決めて
研究を進めることである。
そして世間に発表する。
たかだか夏休みの宿題と思うなかれ、僕はこれが義務教育の
最たるものだと思う。
ちなみに、僕が中学の時の自由研究では
地元の物好きな電気屋さんの協力のもと、
5分足らずのクレイアニメを制作した。
これは自らの発案である。
そういう息子に育て上げた母は、
やはり偉大である。
結局は想像で描いているのですが、
想像がゆるされるならば、とこんな絵を描いてみました。
現在も続く島のとある商店の、始まりの瞬間、とでも
いうのでしょうか、おばあの母親が若かりし頃、
菜種油とそうめんを買いにいかされたときに、
これらを買いにゆくのではなく、自分で仕入れて販売しよう・・・
と思い立ったのがきっかけであったという。
むろん、おばあが赤ん坊のころの話で、その光景を
見たわけではない。しかし、後年になって、よくよく、
おばあの母は、この話をしたのでしょう。
家は大きな茅葺やーだったと別の話で以前きいたことがある。
外間殿の隣にある、「西威王のうぶやー」は戦前において
既に建っていた、という話も聞いている。(←ちなみに何故
そんな話になったかというと、戦前の旧正月の様子を聞いた
ときに、戦前は外間殿は建っていなかった、というはなしから
ではその隣は?となって)
ということで、この時代にもあったであろう、と、画面には出てい
ませんが、その建物の一部も風景に入っています。
だいぶはしょって書かせていただいてますが、創業90余年
の、島の老舗商店は、このようないきさつで誕生したようです。
場面は多分に想像でありますが。
ですから、今でも店をきりもりするおばあにこの絵をみせても、
わからないでしょう。おばあが一歳のときの出来事なのですから。
要するに、大正時代の話です。
油は一斗缶、そうめんは30斤木箱入りであったとのことです。
ここのところ聞き取りを集中的に行っていました。
話を聞く内容量に対して、絵にする速度が追いつかない・・・・
これはもはや慢性的な状況になっています。
依頼をいただいている絵にも、
ようやく取り掛かろう、といった矢先に、
とりかかって一日二日で台風1号の知らせが。
風が出てきました。
屋外の作業に影響はありますが台風だって
来てもらわなければ困る。
進捗状況としては、
戦前の学校を図面に起こしたので画像を
添付しておきます。絵をかくためにそこまで
やらなくてもよいのでしょうけれど・・・
いずれにせよ、この図面で、
模型くらいは作れるのではないでしょうか。
題材(描く場面)をあげたら現時点で100は
超えていて、これを展示会までに、
どこまで形にできるか、といったところです。
おそらく全部おわるまであと2、3年かかるでしょう。
イラブーに関することや、行事に関する
ものごとなどはこれからですので・・・・・。
昨日は夏至を迎えました。
主だった作品を部分的に掲載致します。
素人撮影なので画質などは、ご了承ください。
サイズはまちまちですが、いまのところ
横長のものが多いです。
説明文が無いと背景がわからないのですが
まずは一つでも多く作品を仕上げよう、といった
ところです。
ひょっとしたら、僕が取り組んでいるものごとは
世間に公表しても、特に沖縄県外の方々にしたら
ちんぷんかんぷんかもしれない。
しかし、それで構わない、と思っている。
そんなものごとのために、毎日毎日、机に向かったり、
集落を歩いたりしている(ときには休みますが)。
楽しいとか楽しくないとかを通り越して、なんというか、
性に合ってるのだと思う。それに様々な要因があらゆる
方面から重なり合って、現在の活動たらしめている
ところもある。
要するに現在、自分の性格・趣向と自分の仕事内容が
面白いほど調和しているのである。
これは幸せなことだと思う。
現在、仔猫の里親を募集ています。
生後2か月、オスのトラ猫2匹。
一方はしっぽが長く、一方はしっぽが
折れ曲がっています。
最近乳離れして、敷地内を駆け巡っています。
どちらも人懐っこい。
友人知人を当たってましたがなかなか
みつからず、ブログにて
広くあまねく告知することにしました。
本島在住の方でしたら、移動も容易であると
思いますが・・・・問い合わせは当ホームページの
メールフォームよりお願いします!
ブログを更新しないで一か月が経過してしまった。
遅れましたが、クラウドファンディングのリターン品
を明日より順次発送してゆきますので、宜しくのほど
お願い致します。
このひと月ばかりどのように過ごしていたかというと、
郷里にある祖母の危篤の知らせを受け、またその
祖母がひかりの国へ還るまでの一連の期間を過ごしていました。
このことに関しては、あまりに個人的な物事であり、また
直近の出来事でもあるので、この期間において感じたことを
公の場に広げるに資する文章にまで昇華させるには
時間が必要であると感じています。
現時点で言えることは、先月の中旬から今日にかけての
この期間は、自分というものが、もうひとつ先にシフトしてゆく、
人生においてとても重要な時間であったということです。
結果的に、この短期間の間に久高島(沖縄県)と
郷里である伊豆半島(静岡県)を2往復したのですが、
そういったことも含め、感ずることの多い実に濃密な、この
ひと月ばかりであったように思います。
まずはこれまでを反芻しつつ、明日からの日常生活に戻ろう、
といったところです。
とはマイメロディのことでした。
ということで、普通に描いては
つまらないので、沖縄バージョンで。