2026-06-09
現状で販売します
2016年のクラウドファンディングの際に
返礼品として描きおろしたものが残って
おりました。
クルマボー(資料によればアジマーボーとも
表記あり)という不思議な道具を用いて
ムシロに広げた大豆をパッタンパッタン叩く。
民具の本にある説明書きや、使用中の写真を
みても、ましておじいおばあたちの説明を
聞いても(おおきい棒のほうをまわすんだ、など)、
どういうことなのかよくわからない。
どうしたものかとヤフオクで探すとなんと
幾つか出品されている。迷わず手頃なものを
落札し、届いたその日の夕方、おじいおばあの
たむろする長生きベンチに向かう。
そして、どうやって使うんですか!と。
持つとこはここじゃない、からはじまり
最終的に、ベンチから道を挟んで広がる畑を指差し、
とーそこの角のところでやってみろと。
畑の角の、雑草がはえている
ところを、ぎこちなく棒を回してたたく。
あの頃は幾人もお年寄りがそこに座っていた。
みんな面白がってこちらをみている。
お年寄りどうし飛び交う方言。
とー、もっとこう、とー、はい!とやってる
うちに、自転車に急に乗れるように、
はっとこつをつかみ、リズミカルに雑草を
たたきはじめる。さいごは餅つき大会のように、
地面をたたくたびに歓声が起き、
拍手喝采、大盛り上がりで、夕方のひとときの
幕がおりたのでした。
最近知ったのですが、1889年にゴッホの
「脱穀」という作品にこの道具を使用している
場面が描かれています。ミレーの作品への
オマージュであったようで、いま、このあたりを
深掘りする余裕はありませんが、
この道具を調べていた当時は、全国共通の
ものなのだなくらいの認識でしたが、
遠くヨーロッパでも使われていたことを知り、
わけもなく感動をおぼえた次第です。
そして、アプローチはちがえど、
ミレーやゴッホと同じテーマを
扱っていたことに、なんだかいま、
二人と会話してるような気分になるのです。
これはねー、二人で向き合ってねー、
パタン、パタン、とやりよったよー
戦前はねー。
大盛り上がりのあとに、こんな話が
出てきました。
昔の暮らしぶりをいかにして作品に
するかを試行錯誤していたのが
思いだされます。
文章を中に入れてみたり、色鉛筆
を使ってみたり、古代の障壁画の
ようでもあり、いまだったらもっと
こうできるのだがなあと思うと同時に
当時の自分の頑張りに、微笑みたく
なるわけです。
長期保存のため台紙の劣化と、
作品じたいにも1ヵ所剥がれあとがあります。
和紙に描いていますが、いわゆる半紙と
いうものではなく、版画用の丈夫な
ものです。損傷部分も作品の「歴史」と
思っていただくしかありません。





