2026-06-03
2009年の作品を販売します
長らく持ち歩いていたため若干傷んで
いるものもありますが、あえて修復は
せずそのまま出品します。なんとなく、
手を加えずに、経年のままが良いように
思った次第です。
直接購入にも応じていますので、
ご質問等いただけたら幸いです。
久高島に移る直前の頃は本島をあちこち
転々としたり、移ってからはしばらく
キャンプ生活が続いたり、その間、
どのように保管していたのか、知人に
預かってもらっていたのか、よく思い出せ
ませんがとにかくいろいろ落ち着いてからは
密閉式のコンテナに他の資料と一緒に、
長らく眠っておりました。
2008年、約1年間ですが八重山に
住んでおりましたがそのときのイメージを
中心に、那覇に引き揚げてから制作した
品々です。4年ぶりに絵筆を執りました。
那覇から飛び出し、
西表島でのサトウキビ収穫からはじまり、石垣島に
移り北部の農家に住み込みで葉たばこの収穫、
のち市内に出てからは観光客を相手にシーサー作り
体験や、働き先のお得意様である竹富島の
老舗旅館に行ったりきたり、とにかく、
明日に繋げるためにただひたすらで
あったように思います。
那覇に戻りまた振り出しになり、
移住した当初懇意になった、学習塾を
主宰されているかたのもとを
挨拶がてら訪ねてゆき、挨拶もそぞろに
下をうつむいてしまうとそのかたは、
奄美出身のためかのとても穏やかな口調で
人生はね、何歳からでもやりなおしが
できますから、と。うん、何歳からでも
できる、とまた繰り返され、ようするに、
励ましてくれたわけです。
最後の画像は、執筆のための最重要メモ
ですが他の人がみたら走り書きや、断片
だらけ、隙間だらけの、よくわからない
ものでしかないでしょう。
そのページをめくると、そのときの
やりとりの場へと戻ります。
豆をまくときの手の使い方だったり、
そんなものばかりです。なんで表紙に
書いたのか、、相手がどんどん話して
きたので、ノートを開くまがなかった
のでしょう。






