toggle
2024-02-08

失われた30年というものを僕は知らない

失われた30年というものを僕は知らない

大学の二期上の先輩が、某上場企業に就職したのだが、伝え聞くに、毎日帰宅が午前2時だという。そのことに恐れをなしてしまった、というのもある。
就職活動というものをのっけから放棄し、自分のルーツと向き合い、子供のころよくやっていた、絵を描くということをまたやりだして、路上で販売をはじめた。こうしてキャリアをスタートし、爾来、底辺を歩き続けてきた私にとっては、就職氷河期も知らないし、不景気も好景気も知らない。知りようもない。その風を感じられない下の層にいたのである。そして、その層から浮上することの、なんと難しいことか。

いつしか、ロスト・ジェネレーションという称号を勝手に与えられたのだが、いったいなにをロストしたのか、それすらも私にはわからない。

思うに、24時間戦えますかでやってきたこの国は、はたしてほんとうに、豊かになったのだろうか。いったい我々は、何と戦ってきたのだろうか。
ほんとうは、、、
戦ってはいけなかったのではないか。

そんなこんなしてこんにちまできた私が、いま、
本はおろか出版社まで作りだそうとしている。
起業をしてビジネスを展開しようと、そうしているわけではない。必要にかられて、そうなったのだ。
ドラッカーの提唱する概念も理解できてないし、会計のイロハも知らない。そうしたことは、やりながら身につけてゆく。

いちどは住民票も抹消され、健康保険証も無くなった人間が、いま、書籍JANコードを取得するか否か、日々7匹の猫を世話しながら、悩んでいる。
そのことそのものが、もはや作品である
ような気がしてくる。
その行いは結果として、なにかに対するアンチテーゼともなるのだろう。